Flickers Story#
「やっと着いた…」 夜も更け、一日が終わりそうな頃。 丸一日掛けて、漸くカイルは目指していた場所を見つけた。 来る人を拒むような、辺鄙な場所にあるこの村の名前はステルラというらしい。 何てことは無い、小さな村だ。その上、訪れるための道のりは険しく、その苦労に見合わない村で、訪れる旅人はほぼ居ないと聞く。そうなると情報も少ない。 カイル自身、依頼がなければ知らない場所だった。
そんな場所でも、かなり景色が素晴らしいらしい。 今夜は生憎雲が多くて見えないが、空には目を見張るような満点の星空が広がっているという。 死ぬまでに見ておきたい景色ベストテンにランクインしているだとか何だとか…。 とはいえ、これまでカイルは様々な地に足を運んでいるし、満点の星空なんてものは何度も目にしてきた。 そのため、カイルはそんな物にはあまり興味は無いわけだが。
そんな中、遠くに人影が見えた。村から出て、こちらに向かってきているようだ。 道は一本しかない、今日カイルが抜けた森へ続く道だ。
(こんな時間にまさか村を出て森へ行くだなんてしないだろうな…。)
カイルは今日入った森の中を思い出した。 鬱蒼とした森、獣道をただひたすら進むだけで、道中は獰猛で野性的な生き物たちに何度も襲われた。 思い出すだけでうんざりだ。
考えていた矢先、男とすれ違った。 カイルは思わず声をかける。
「…え、おい!こんな遅い時間にどこ行くんだよ。危ないぞ」
「はて。旅人とは珍しい。村に行くならようこそ、ステルラへ」
「あ、どうも。…ってそうじゃなくって 「こんな夜は、活きのいいのが採れるんじゃて」
爺さんに見えたその男は、カイルの言葉を遮ると足早に森の奥に去っていった。
~星降る夜に~ Under the Star Light#
翌日の朝。 朝日が窓から差し込む時間にカイルは目を覚ました。
布団の中でもぞもぞと眠気と闘いながら考える。 昨日森を抜ける時に使用したアイテムを調達しなければならないが、…それ以外に特筆してやることはなさそうだ。 カイルはまだ眠れると確信し、もう一度眠りに落ちた。――ようとした。。
「「おっきろーーーー!」」
扉の開く音と足音、間髪入れずにばふっというくぐもった音と共にカイルの腹と脚の上に何かが落ちてきた。 微睡の中のカイルはそれら避けられる訳もなく、小さく嗚咽を漏らすと、すぐに上に掛けていた布団を剥がされる。 眩しい。 目を細くするが目の焦点が合わない、そうこうしているうちに声が落ちてきた。
「「あさだよー!」」
眩しさに目が慣れてきた。寝ぼけ眼を開け前を見る。目の前に声の主が居た。 カイルの上に降ってきたのは二人のこども。 年端もゆかぬ、まだまだ遊び盛りの男の子と女の子だった。 くりくりとした大きな目で、カイルを見ている。外から来た人間は珍しいのだろう。
「おにーちゃんどこからきたのー?」 「あそぼーよー」
まだ幼いとはいえ二人が落ちてきた衝撃にカイルは完全に目を覚ました。
「よー…し、分かった。じゃあ起きるからオレの上から降りてくれな」
そういうとふたりは素直にベッドから降りた。 ふたりはわくわくした表情でこちらを見ている。 二度寝は出来ないな、とカイルは諦めて小さく返事をするとベッドから足をおろし、立ち上がった。
伸びをして辺りを見渡す。 昨夜は村に着いてすぐのところにある宿屋に泊まった。なんの変哲も無いシンプルな部屋だ。 ベッドがひとつ、部屋の中央に机、冬になったら使うのであろう暖炉。 壁には何の装飾も無いが、暖炉の上には花瓶があり黄色い花が一輪飾られていた。
「はーやーくー!あーそーぼー!」 「おにーちゃんおそーい」
「はいはい、ちょっと待ってなー。ところできみたち名前は?」 「ぼくはアニー、妹はベルタ!」 「へぇ、オレはカイル。よろしくな。じゃあそうだな…、」
急いているこどもたちを前に、カイルは身支度の時間を稼ごうと適当に会話を続ける事にした。
こどもの素直な情報は役に立つこともある。 どうやら今日から、年に一度行われる盛大な祭りがあるらしい。 その準備で村中が騒がしいようだ。窓から村を覗くと確かに、せかせかと動き回る大人たちが見える。 道の端に家の屋根程の高さの棒を均等感覚に何本も立て、その間に紐を吊るし、星の形をした大きな飾りを付けていた。 きっと別の町にあった街灯やぼんぼりのように、夜になれば明かりが灯るのだろう。 その他にも、家の外に出て何かを組み立てている人が多くいる。
「おにーちゃんもほしをあつめにきたのー?」 「ベルタ、ちがうよ。あれはこどもにしかできないんだよ」
星集め? 詳しく聞いてみると、どうやら村では今夜から祭りがあるらしく、その中のイベントのひとつとしてこどもたちが楽しめる「ほしあつめ」という遊びがあるようだ。
その時だった。コンコン――、ドアから音がした。 カイルが返事をする前に扉は開いた。 やれやれ。勝手に部屋に入ってきたこどもたちといい、この宿屋にプライバシーというものは無いのかもしれない。
「旅人さん、やっと起きたわね。ごめんなさいね、今日はお祭りの準備で忙しくって。アニーとベルタもこんな所に居たのね。おかあさんの言った事忘れたの?朝ご飯を食べて、森にアサツユの葉を取りに行って頂戴。今日はやることが沢山よ。――旅人さんも、朝食が下の階のテーブルにあるから適当に食べちゃって」
「あ、はい。ありがとうございます」 カイルは感謝の意を述べ、軽く会釈した。
「「やだー、おにーちゃんもいっしょがいいー」」 「何言ってるの、あの人はお客さんよ。わがまま言わないの」
やっぱりな、とカイルは思った。 昔からカイルは動物といいこどもといい、何かと懐かれる傾向がある。 昔は断ることもあったが、最近はそんな自分を受け入れるようにしている。 幸か不幸か、今日はアイテムの補充くらいしかやることもない。そもそも祭りの用意で店がやっていない可能性もある。 子守ついでに村の中を案内してもらう事にしよう。
「よーし、じゃあ早速朝ご飯を食べよう。そしたら森に出発だ」
カイルは両脇に居るこどもたちに向いて言った。
「あら、良いの…?悪いわねぇ。あ、ミルクは棚の中にあるから適当に飲んじゃってね。…ごめんなさいね、昨日は大雨が降っちゃって準備が押してるの」
「いえいえ。――あ、昨日といえば、夜村から出て行く男の人と擦れ違いましたが…」
カイルは昨日すれ違った男を思い出し、伝えた。 昼間にも何匹かの獣に襲われたが、大体の獣は夜型だ。獰猛さに拍車が掛かる。あの時間から森に入って危険がないか、不安に思っていた。
「あぁ、大丈夫よ。私の父で、この村の村長なのよ。毎年自分で星の採集に行っててね。夜には帰って来るわよ」
いい歳して、ほんとやんちゃな父で困ってるの。と付け加えながら宿屋の女将は手際よくカイルの寝ていたベッドのシーツを取り換えた。
「じゃ、またあとで」
カイルが返事をする前に、女将は部屋を立ち去った。 引っかかるものもあるが、村人がそういうならと、カイルは心配するのをやめた。 じゃあオレたちも行くか、と今日の旅の仲間と共に階段を降り朝食を取った。
***
周りに客も居なかった事から朝食の片付けもまとめて終え、カイルと小さな一行は外へ出た。 とても良い天気だ。空から降り注ぐ太陽の光はとても眩しい。 だが暑くもなく寒くもなく過ごしやすい気候だ。 地面はまだ少しぬかるんでいる、昨日相当雨が降ったのだろう。
「こっちこっちー!」
2人が駆けていく後をカイルは追う。 途中何人もの村人に会ったが、自分の存在には驚かれなかった。 100人程しか住んでいない小さな村なので、情報が回るのが早いのだろう。 いちいち説明するのも煩わしいので、カイルも話が早く済んで助かった。
広くない村なので、ものの十分ほどで村の端に着いた。 この村の境界は簡易的ではあるが木で作られた柵が打ち付けられていて、村の周りを囲うように建てられている。 きちんと整備もされているようだ。縄がしっかりと結ってある。 その中の一角に、開け閉めできる場所があった。 昨日村に入ってきた時にあった大きな出入口とは違い、人が押すと一部の柵が開く仕組みだ。大人が一人通れる程の幅である。 アニーがそこを開けると振り返り、ベルタと一緒にこっちこっちと手招きする。 こどもは笑顔が絶えずとても元気だ。見ているこっちも元気になる。 カイルもふたりに続いて柵を出た。
柵を過ぎた所はすぐに森が広がっていた。ここは太陽の光もあまり届かず薄暗い。木も草も高く生い茂っているからだろう。 夏になるとこの地方は暑くなるらしいので、暑さを陵ぐに良さそうだ。 道の部分は土となっていて、この部分はまっすぐ伸びている。草木が邪魔にならないよう手入れをしているのだろうか。道の端はすぐに高い草が生えているので間違って足を踏み入れる事も無い。これなら確かに道にも迷わない。 道案内に張り切る二人を、安心して先に歩かせた。
「アサツユの葉、初めて聞く名前だ。どんな草なのか、知ってるのか?」
カイルは2人に疑問を投げてみた。 先陣を切る彼はどこかで拾った棒を振り回しながら先導してくれている。 その足を止めず彼は言った。
「しってるよー。きょうみたいなおまつりでたっくさんとってスープをつくってるんだ。むらのみんなとなかよくのむんだー。げんきになるから、びょうきのときにもつかったりするんだよー!」
なるほど、治療薬か。
「ありがとね。お礼にほら、これ。気に入ると良いんだけど」
女性のてのひらに、小さな筒状のネックレスがあった。 色は青色、筒の中には小さな星と星屑が揺らめいている。不思議なネックレスだ。
「聞いたことあるかい?この村の名産品さ。「空族館」ってアイテムでね。 いたずらなチビどもを見てくれてた礼さ、受け取っておくれよ」
そういうと、女将はウインクをして去っていった・
アイテム屋に連れられて、
「おい、まじかよ…」
カイルは目を疑った。 目の前に広がるのは、見渡す限りの星の海。 それも、雲の上ではない。 足元に広がっているのだ。
こんな景色見たことない。
足元の光をひとつ手に取る。 仄かに暖かく、ぼんやりと光っている。 辺りを見渡し、他の石を確認する。 どうやら形に統一性は無く、まるで割れたガラスがこの丘一面に広がっているようだ。 欠片の大きさは小さく、○○○ほどだ。
星の海の探索をしようと顔を上げると、遠くに昨夜すれ違った爺さんが居ることに気が付いた。 彼も夢中で足元を眺めては、光る欠片を拾っている。 まるで貝拾いに夢中になっているこどものようだ。
「これか?これは星じゃよ」
「ほれ、昨日雨が降ったじゃろ?その後にはよく落ちてくるんじゃよ」
そういって爺さんは自分の収穫した「星」を見せてくれた。 掌に乗っていたそれは、良く絵本に出てくるヒトデのような形をした、――完璧なものだった。
「昨日はよーく雨が降った。地面も泥濘んでるからの、形も崩れないんじゃよ。光度も落ちない。綺麗なもんじゃろ?」
カイルはふと足を止めた。 遅れて静かに落ち葉を踏む音。
「やぁ、昨日も会ったな」
地の底から聞こえるような唸る声。
「よし、分かった。落ち着け。ほら、な。」
明らかに様子がおかしい。 カイルは腰を落とし、後ずさりしながら体制を整える。 勿論真っ向から戦うつもりはない、体長10メートルを優に超える、大きな猪のような生き物に敵うとは思えない。 牙は猪のそれが6本も付いている。どうやったらこんな進化を遂げるんだか。